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日本の自然 富士山
第6巻「水の旅」より

参考資料
諏訪彰 編
「富士山 その自然のすべて」同文書院

富士火山の変遷

約900万年前 約900万年前

現在の富士山の周辺に位置する丹沢や御坂の山々が、海から隆起を始めました。
この山地一帯では、海底だった時の堆積層から、貝やサンゴなどの化石がたくさん見つかっています。


約50万年前 約70万年前(小御岳火山)

小御岳、愛鷹山、箱根山が次々に活動を始めました。


約10万年前 約10万年前 (古富士火山)

箱根火山の爆発的な活動が下火になるとともに、小御岳の近くから古富士火山の激しい活動が始まりました。古富士火山は爆発型の激しい噴火をくり返し、その火山灰は南関東一円にまで降り積もって、関東ローム層を形成しています。

小御岳火山は現在、山頂部分がスバルライン終点にわずかに露出しているだけです。


約1万年前 約1万年前 (新富士火山・旧期火山活動)

噴火のパターンが爆発的な噴火から大量に溶岩を流す活動に変わりました。流動性が大きい溶岩は20キロから40キロメートルもの距離を幾重にも重なって流れました。溶岩流の一つに現在の三島市まで到達した三島溶岩流があります。この活動で現在の富士山の原形ができあがったといわれます。富士山研究の基礎を築いた津屋弘逹博士は、この噴火以降を新富士火山としています。その後、約4000年の間、活動が静かな期間がつづきました。この静穏期を境に富士山の火山活動は古期と新期に分けられています。


5000年前 5000年前 (新富士火山・新期火山活動)

再び活発な火山活動が始まり、爆発型の噴火と溶岩を流出する噴火をくり返し、古富士火山を覆いつくしてゆきました。弥生時代の初期、今から約2300年前には、地震や噴火によると思われる山体の大崩壊が起こっています。御殿場市から小山町にかけては、その時の泥流が厚く堆積し、東は足柄平野に、南は駿河湾へと流れて扇状地を作っています。


新富士火山の噴火は歴史に残っているだけでも十数回を数えます。古い歴史書によれば、延歴19年西暦800年の噴火は、山頂火口からの大噴火で、大量の火山灰が東海道の足柄路を埋めたため、2年後に箱根路が開かれたことが記されています。西暦864年には北西側標高1424メートルの長尾山一帯の火口列から1.4立方キロメートルもの大量の溶岩が流出し、約32平方キロメートルの広大な地域を覆い、せの湖が分断されて西湖と精進湖になりました(富士五湖の変遷)。最も最近の噴火は江戸にまで火山灰を降らした西暦1707年の宝永噴火です。
西暦
歴史に残っている主な噴火
赤字は日本洞窟学会火山洞窟学部が発表した新たに判明した噴火個所(2001,3,9)
緑は2003.5発表された調査結果
720頃 噴火
781 火山灰噴出・南斜面 鑵子山(かんすやま)(静岡県裾野市)周辺
800 大噴火・山頂〜剣丸尾溶岩流 足柄路が埋没し2年後に箱根路が開かれた
富士山直下から南西へ溶岩が流れた
801 二ツ塚(静岡県御殿場市)で火山灰のみの噴火
826 小噴火
864 大噴火(宝永噴火の2倍の溶岩を噴出)・長尾山〜青木ケ原溶岩流
870 小噴火・山頂
932 溶岩流出
937 噴火・鷹丸尾溶岩流、檜丸尾溶岩流 山中湖せき止め 焼山(山梨県富士吉田市)付近での噴火
952 噴火・北東斜面
999 噴火・南斜面 現在の静岡県富士市大渕地区での噴火
1017 噴火・北側3ケ所
1033 噴火・南斜面〜溶岩流出 大沢崩への溶岩流(1032)
1083 噴火・側火口 吉田口の八合目付近から北方向に溶岩が流れた
1511 噴火・北斜面〜溶岩流出
1560 噴火・側火口?
1707 大噴火・南東斜面大爆発 宝永噴火〜江戸にまで降灰
山頂火口
山頂火口の最大直径は850メートル、深さは220メートルあります

火口周辺ではかつて、ゆで玉子ができる程の噴気や、地熱が高い場所も見られました。1957年の富士山測候所の調査によると、山頂火口周辺の他にも、宝永火口内および須走口登山道3合目と7合目で噴気や地熱活動が確認されています。現在はそのような現象は見られなくなりましたが、山体直下では今も火山性の低周波地震が起きており、依然として活動が続いていることを示しています。

2003年9月、北富士の林道で地面の陥没と噴気が見つかり大きなニュースになりましたが、のちに、林道工事の際、伐採した木を埋めてしまうという手抜き工事によるものと分かりました。

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